ニュースの概要
カーボンクレジット市場調査レポート2026が公開された。カーボンクレジットは、森林保全や再生可能エネルギー、省エネルギーなどによって削減・吸収された温室効果ガスを、二酸化炭素1トン相当の価値として取引する仕組みだ。企業の脱炭素目標や国境を越えた排出規制への対応が進む一方、削減効果の確かさや二重計上の防止、価格の妥当性が強く問われている。今回の調査レポートの公開は、市場規模だけでなく、どのようなクレジットを選び、事業計画にどう組み込むべきかを考える材料が増えたという点で意味がある。取引量の拡大だけを追うのではなく、実際の排出削減を補う手段として市場を捉える必要がある。
引用元: カーボンクレジット市場調査レポート2026を公開(PR TIMES)
分析・見解
排出削減の主役は自社対策、クレジットは不足分を補う役割
カーボンクレジット市場の成長を、企業が排出量を帳消しにできる市場と理解すると判断を誤る。基本は、工場の燃料転換、再生可能電力の導入、物流の効率化などで自社排出を先に減らすことだ。そのうえで、技術や立地の制約からすぐには減らせない排出を補う手段としてクレジットを使う。国際的な開示基準でも、この順番を重視する考え方が強まっている。
特に製造業や航空、海運、農業では、短期間で排出をゼロにするのが難しい。そこでクレジットの需要が生まれる。ただし、購入量が増えたことだけでは脱炭素の進展とは言えない。自社排出が減っているか、購入したクレジットがどの排出に対応するのかを、年度ごとに分けて説明することが信頼の条件になる。市場拡大の本当の価値は、企業の削減投資を遅らせることではなく、削減が難しい分野へ資金を流す点にある。
価格差を生むのは削減量より効果の確かさ
同じ二酸化炭素1トン相当でも、クレジットの価値は一律ではない。森林が吸収した量を使う案件では、火災や伐採で効果が失われる危険がある。再生可能エネルギー案件では、クレジットがなくても実施された事業ではないかという追加性の確認が必要だ。削減量の測定、第三者による検証、登録番号の追跡まで含めて品質を判断しなければならない。
安価なクレジットを大量に買う方法は、短期の費用を抑えやすい。しかし、効果の根拠が弱ければ、将来の再検証や広告表示の修正で余計な費用が発生する。反対に、地域の雇用や生態系保全などの効果を持つ案件は高価でも、顧客や投資家への説明材料になりやすい。価格の差は単なる割高・割安ではなく、失敗の可能性、追跡のしやすさ、社会的な効果を含んだ保険料と考えると理解しやすい。
国際ルールと国内制度が取引の前提を変える
国際的には、パリ協定第6条に基づく国同士の排出削減量の移転が整備されつつある。国が削減量を自国の目標に使う場合、別の国や企業が同じ削減量を重ねて計上しない仕組みが必要だ。こうした二重計上を防ぐ承認や記録が整わなければ、クレジットの見かけの量が増えても、実際の削減効果は増えない。
日本でも排出量取引制度や企業間取引の整備が進み、制度対応と自主的な環境主張が近づいている。ここで重要なのは、制度で使えるクレジットと、商品表示や広告で説明しやすいクレジットが必ずしも同じではないことだ。企業は購入前に、利用目的、対象年度、認証制度、国や地域の承認状況を確認する必要がある。レポートを読む際も、市場全体の成長率だけでなく、どの制度に適合する取引が増えているのかを見るべきだ。
2026年以降は取引量よりデータのつながりが競争力になる
今後は、排出量の集計、削減計画、クレジットの購入、成果の開示を一つの記録として結び付ける企業が強くなる。工場ごとの電力使用量や燃料使用量を集め、削減できない排出だけを特定し、その根拠とともにクレジットを管理する流れだ。衛星画像、電力計、現場の記録などを組み合わせれば、森林や設備の状態を継続的に確認できる。デジタル技術は取引を派手にするためではなく、削減量の証拠を残すために使うべきである。
ここから導ける独自の視点は、クレジット市場の成熟度を取引総額だけで測れないということだ。企業が「何を減らし、何が残り、なぜこの案件を選んだか」を説明できるほど、市場の質は高まる。反対に、購入量だけを競う市場では、価格が下がっても信頼は蓄積しない。2026年以降の焦点は、クレジットを買える企業の数ではなく、削減効果を検証できる企業の数に移るだろう。
ビジネスへの影響
購入前に排出源と利用目的を分けて社内で決める
企業はまず、拠点・製品・物流など排出源を分け、削減計画を作る必要がある。クレジットの購入量を先に決めると、削減努力が後回しになりやすい。購入対象は、現時点で技術的に減らしにくい排出に限定し、年度、事業範囲、使用目的を明文化する。経営企画だけでなく、工場、調達、法務、広報、財務を交えれば、後から説明の食い違いが起きにくい。
初回は少量の試行取引を行い、登録情報、削減量の計算方法、第三者検証、失効や取消しの扱いを確認するとよい。価格だけでなく、確認作業にかかる社内時間と将来の再確認費用も含めて比較することが重要だ。
調達先の評価表を作り、品質と価格を同じ土俵で比べる
候補案件は、追加性、削減効果の継続性、二重計上の防止、第三者検証、地域への影響、情報公開の範囲で点数化できる。森林系なら火災や土地権利、設備系なら稼働実績や基準設備との差を確認する。購入契約には、制度変更時の扱い、無効化された場合の補填、実績報告の頻度も盛り込むべきだ。
複数年契約は供給を安定させる一方、品質の変化や制度改定を受けるリスクがある。短期購入と長期契約を組み合わせ、重要な製品には高品質案件、全社目標には別の案件を割り当てるなど、用途別に使い分けると資金効率を保ちやすい。
開示では「削減した量」と「補った量」を明確に分ける
顧客や投資家への報告では、自社の排出削減量とクレジットによる補填量を一つの数字にまとめないことが大切だ。基準年、算定範囲、削減前後の排出量、購入したクレジットの種類と量を並べれば、実態が伝わりやすい。「実質ゼロ」などの表現を使う場合は、対象範囲と条件を明示する。環境表示への監視が強まる中、曖昧な宣伝よりも、削減の限界と次の投資計画まで示す企業の方が長期的な信用を得やすい。