コンプライアンス市場
規制による義務的取引
コンプライアンス市場(Compliance Carbon Market)は、政府が設定した排出削減義務に基づく炭素取引市場です。企業は法的に定められた排出上限を遵守する必要があり、排出権の売買により柔軟な削減方法を選択できる仕組みです。
市場規模と重要性
2024年現在、コンプライアンス市場は1,131億ドル規模を形成しており、ボランタリー市場(14億ドル)の約80倍の規模を誇ります。この巨大な市場規模は、法的拘束力のある制度による安定した需要と流動性によって支えられています。
主要な制度
世界各地で実施されているコンプライアンス市場の代表例:
EU排出権取引制度(EU-ETS)
世界最大規模の炭素取引市場で、2005年に開始されました。EU域内の発電所、製造業、航空産業など約11,000の施設が対象となっています。排出枠(EUA)は年々削減されており、2030年には1990年比62%削減を目指しています。炭素価格は2024年現在1トンCO2あたり80~100ユーロで推移しています。
カリフォルニア州キャップ・アンド・トレード制度
米国で最も先進的な州レベルの排出権取引制度で、2013年に開始されました。電力、産業、輸送燃料など幅広いセクターを対象とし、カナダのケベック州とリンクすることで市場流動性を高めています。2030年には1990年比40%削減を目標としています。
東京都キャップ・アンド・トレード制度
2010年に開始された日本初の都市レベルの本格的な排出権取引制度です。大規模事業所約1,300施設が対象で、オフィスビルや商業施設も含まれる点が特徴です。第3期(2020~2024年度)では基準排出量比27%削減が義務付けられています。
キャップ・アンド・トレードの仕組み
コンプライアンス市場は以下の基本原則で運営されます:
- 排出上限(キャップ)の設定:政府が対象セクター全体の排出上限を設定し、年々削減
- 排出権の割当:企業に無償または有償で排出権を割り当て
- 取引(トレード):排出量が割当量を下回る企業は余剰分を売却、超過する企業は追加購入
- モニタリング・報告・検証(MRV):全対象企業が排出量を測定・報告し、第三者機関が検証
- コンプライアンス確認:期末に排出量に相当する排出権の償却を義務付け
ボランタリー市場との違い
| 項目 | コンプライアンス市場 | ボランタリー市場 |
|---|---|---|
| 参加 | 法的義務 | 自主的 |
| 市場規模 | 1,131億ドル | 14億ドル |
| 価格安定性 | 高い | 変動大 |
| 流動性 | 高い | 中程度 |
| 対象 | 大規模排出源 | 全企業 |
価格形成メカニズム
コンプライアンス市場の炭素価格は、以下の要因により形成されます:
- 排出上限の厳格性:キャップが厳しいほど価格が上昇
- 経済活動水準:景気拡大期には需要増加で価格上昇
- 代替技術コスト:再エネ導入コストが価格上限として機能
- 政策変更リスク:制度変更の可能性が価格変動を生む
- バンキング規定:排出権の繰越可否が価格に影響
日本における展開
日本では東京都と埼玉県の制度に加え、2023年より「GX-ETS(排出量取引制度)」が本格的に始動しました。2026年からの本格運用に向けて試行期間中であり、将来的には国レベルでの包括的な排出権取引制度の確立が期待されています。
今後の発展
コンプライアンス市場は世界的に拡大傾向にあり、以下の動きが予測されます:
- 対象セクターの拡大:航空、海運、建築など新たなセクターの取り込み
- 市場リンク:異なる制度間の連携による流動性向上
- 炭素国境調整メカニズム(CBAM):EU制度の導入による国際的な影響拡大
- 価格下限・上限設定:価格安定化メカニズムの導入
- デジタル化:ブロックチェーン技術による透明性・効率性向上
コンプライアンス市場は、法的拘束力により確実な排出削減を実現する最も強力な気候変動対策ツールとして、今後も中心的な役割を果たしていくことが期待されています。