グリーン水素
再エネ由来の究極のクリーンエネルギー
グリーン水素(Green Hydrogen)は、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力など)を使用した水の電気分解により製造される水素です。製造過程で一切のCO2を排出しないため、「究極のクリーンエネルギー」として2050年カーボンニュートラル達成の鍵となる技術として世界的に注目されています。
水素の色分類
水素はその製造方法により色で分類されます:
- グレー水素:天然ガス改質で製造、CO2を排出(現在の水素生産の約95%)
- ブルー水素:天然ガス改質+CCUS(CO2回収・貯留)、排出を大幅削減
- グリーン水素:再エネ電力で電気分解、CO2排出ゼロ
- ターコイズ水素:メタン熱分解、固体炭素として貯蔵
グリーン水素は製造過程で完全にCO2排出がゼロであるため、最も環境負荷の低い水素として位置づけられています。
製造コストの推移と予測
現在のコスト(2024年)
グリーン水素の現在の製造コストは5~10ドル/kgです。これは、グレー水素(1~2ドル/kg)の約5倍と高く、商業的な競争力を持つには至っていません。
2030年の予測
技術革新と規模の経済により、2030年には2~3ドル/kgまで低下すると予測されています。この価格帯では、多くの用途でグレー水素と競争可能となり、本格的な商業化が実現します。
コスト低下の要因
- 再エネ電力コスト低下:太陽光・風力発電コストの継続的な低下
- 電解装置の大量生産:製造規模拡大による設備費50~70%削減
- 電解効率向上:新技術(SOEC等)による変換効率改善
- 大型化:メガワット級からギガワット級プラントへの規模拡大
- 政策支援:各国の補助金・税制優遇措置
Hard-to-Abateセクターでの活用
グリーン水素は、電力による直接的な脱炭素化が困難な「Hard-to-Abateセクター」での活用が期待されています:
重工業
- 鉄鋼:水素還元製鉄(従来の石炭高炉を代替)
- セメント:高温プロセスの燃料として
- 化学:アンモニア、メタノール合成の原料
- 製油:石油精製プロセスでの水素需要
長距離輸送
- 海運:アンモニア・メタノール燃料船
- 航空:持続可能な航空燃料(SAF)の原料
- 重量車両:長距離トラック、建設機械
これらの分野は世界のCO2排出量の約30%を占めており、グリーン水素による脱炭素化が2050年目標達成の必須条件とされています。
2050年に必要な供給量
国際エネルギー機関(IEA)の試算によると、2050年カーボンニュートラル達成には年間5億トンのグリーン水素供給が必要とされています。これは以下の需要内訳となっています:
- 産業部門:2.5億トン(鉄鋼、化学、製油など)
- 輸送部門:1.5億トン(海運、航空、重量車両)
- 電力部門:0.7億トン(発電、エネルギー貯蔵)
- 建築部門:0.3億トン(暖房など)
2024年現在のグリーン水素生産量は年間約10万トンに過ぎず、今後の大幅な生産拡大が必要とされています。
製造技術:電解装置
グリーン水素製造の中核技術は電解装置(Electrolyzer)です:
アルカリ電解(AWE)
- 最も成熟した技術で長期運転実績あり
- 設備費が比較的安価(700~1,400ドル/kW)
- 効率:63~70%
- 大型化に適している
PEM電解(PEMEC)
- 高い応答性で再エネ変動に対応しやすい
- コンパクトで高電流密度
- 設備費:1,100~1,800ドル/kW
- 効率:67~82%
- 貴金属触媒(白金、イリジウム)使用が課題
固体酸化物電解(SOEC)
- 600~1,000℃の高温運転
- 理論効率:80~95%(最高効率)
- 廃熱利用可能で総合効率が高い
- 技術的に未成熟で2030年頃の商用化目標
- Topsoe、Sunfire、Bloom Energyが開発リード
世界の主要プロジェクト
欧州
- NortH2(オランダ):2030年までに4GW、年間生産量60万トン
- H2 Green Steel(スウェーデン):水素還元製鉄プラント、2025年稼働予定
- HyDeal Ambition(スペイン):2030年までに9.5GW、製造コスト1.5ユーロ/kg目標
中東
- NEOM グリーン水素プロジェクト(サウジアラビア):4GW、2026年稼働、年間60万トンのアンモニア輸出
- Masdar H2 Industries(アラブ首長国連邦):大規模太陽光発電と連携
アジア・太平洋
- HySTRA(日本-豪州):豪州の再エネで製造し日本へ輸送
- Asian Renewable Energy Hub(オーストラリア):26GW、世界最大級
アメリカ
- Advanced Clean Energy Storage(ユタ州):1GW、岩塩洞窟での大規模水素貯蔵
- HyDeal LA(ロサンゼルス):2030年までに2.4GW
各国の水素戦略
欧州連合
2030年までに域内で1,000万トンのグリーン水素生産、同量を輸入する目標を設定。総投資額は4,700億ユーロと試算されています。
日本
2030年に年間300万トン、2050年に2,000万トンの水素供給を目標とする「水素基本戦略」を策定。グリーンイノベーション基金により大規模支援を実施。
米国
インフレ抑制法(IRA)により、クリーン水素生産に最大3ドル/kgの税額控除を提供。2030年までに1,000万トンの生産を目指す「National Clean Hydrogen Strategy」を発表。
中国
2025年までに10万トン、2035年までに水素産業を本格化させる計画。世界最大の電解装置製造能力を保有。
課題と障壁
グリーン水素の大規模普及には以下の課題があります:
- 製造コスト:現状では化石燃料由来水素の5倍と高額
- 再エネ電力供給:大量の再エネ電力確保が必要
- 輸送・貯蔵インフラ:水素パイプライン、液化設備、貯蔵施設の整備
- 技術的課題:電解装置の大型化、効率向上、耐久性改善
- 安全基準:水素の取り扱いに関する国際的な安全基準統一
- 需要創出:初期段階の需要不足とチキン・エッグ問題
輸送・貯蔵方法
グリーン水素の輸送・貯蔵には以下の方法があります:
- 気体水素:パイプライン輸送(短距離向け)
- 液化水素:-253℃に冷却して液化、タンカー輸送
- アンモニア:水素をアンモニアに変換(-33℃で液化、既存インフラ活用可能)
- LOHC(液体有機水素キャリア):有機化合物に水素を化学結合
- メタノール:CO2と反応させてメタノール合成
経済性向上への道筋
グリーン水素が商業的に競争力を持つための要素:
- 再エネ電力コスト:2セント/kWh以下(既に一部地域で実現)
- 電解装置コスト:300ドル/kW以下(現在の1/3~1/5)
- 稼働率:70%以上(再エネ変動への対応)
- 大規模化:ギガワット級プラントでの規模の経済
- 政策支援:カーボンプライシング、補助金、税制優遇
今後の展望
グリーン水素は2020年代後半から2030年代にかけて本格的な商業化段階に入ると予測されています:
- 2025~2027年:大型プロジェクトの稼働開始
- 2028~2030年:製造コスト3ドル/kg達成、競争力獲得
- 2030~2035年:海上輸送インフラ確立、国際市場形成
- 2035~2040年:重工業・長距離輸送での本格普及
- 2040~2050年:年間5億トン供給体制の確立
グリーン水素は、2050年カーボンニュートラル達成の鍵として、今後数十年にわたり気候テック産業の中核技術であり続けることが確実です。