ニュースの概要
MicrosoftがCO2を大気中から取り除く「炭素除去クレジット」の購入を大きく絞ったと報じられた。BloombergNEFの計算では、同社が7月中旬までの1年間に契約した量は855万トン相当で、前の年の同じ期間と比べて約8割少ない。これまで同社は、森林再生、土壌への炭素貯留、バイオ炭、大気から直接CO2を回収する装置など、幅広い手法の事業者から長期契約で買い続け、この市場で最大の買い手とみなされてきた。購入減の背景には、AI向けデータセンターへの巨額の投資があるとされる。排出削減を掲げる企業が、AIの電力需要と資金配分の板挟みになっている姿が浮かぶ。
引用元: Microsoft、炭素除去クレジット購入を前年比約8割削減(The Columbian)
分析・見解
年間855万トンでも、前年比約8割減という落差
855万トンという数字だけを見れば、決して小さくない。他の大手企業の購入量は、数万〜数十万トン規模にとどまることが多く、業界上位に入る水準である。
だが約8割減から逆算すると、前の年は4000万トン前後を契約していた計算になる。Microsoftは、桁の違う買い手だったわけだ。今回の変化は、一社の姿勢が市場全体の景色を変えるほど、需要が偏っていた事実を映している。
AI投資が除去クレジットの予算を押し出す構図
同社は2020年に「2030年までにカーボンネガティブ(=排出量より除去量を多くする状態)」を掲げた。ところがAI用データセンターの増設で、同社の排出量は基準年より増えたと報告されている。排出が増えれば、将来必要になる除去量も増える。本来は購入を増やす局面のはずだが、実際には逆の動きになった。
理由として考えられるのは、支出の「待てる度合い」の違いである。サーバーや電力契約は、今押さえなければ競争に遅れる。一方、除去クレジットは2030年までに必要量をそろえればよい。急ぎの投資が優先され、後払いできる支出が先送りされた。これが筆者の見立てである。直接空気回収は1トンあたり数百ドルかかることもあり、予算を見直すとき真っ先に目に入る項目でもある。
買い手が一社に偏った市場の弱さが表に出た
炭素除去の事業者は、長期の買い取り契約を担保に、設備の資金を集めることが多い。大口の買い手が購入を絞れば、新しい設備を建てる判断が遅れる。とくに直接空気回収やバイオ炭の新興企業は、実績が浅く、他の売り先を急には見つけにくい。
森林や土壌の分野も事情は近い。単価が比較的安いぶん、数量が減ると収入に直結しやすい。買い手の都合ひとつで、事業計画が揺らぐ構造である。
価格の下落か事業者の淘汰か、分かれ道に立つ市場
短期的には、買い手が減れば価格は下がりやすい。ただ、除去は安ければよいとは言えない。品質の低い案件ばかりが残れば、市場全体の信頼を損なう。
長期では、Stripeなどが参加する共同購入の枠組み「Frontier」、日本のGXの排出量取引など各国の制度、航空や海運の需要が、穴を埋められるかが焦点になる。Microsoftも購入をやめたわけではなく、縮小にとどまる。AI投資が一巡したあとに戻るのか、手法を絞り込むのか。その見極めが今後の相場を左右する。
ビジネスへの影響
除去クレジットの調達は「分割」と「複線化」で組む
自社で除去クレジットを買う企業にとって、買い手が減った今は交渉の好機である。供給側が条件を柔らかくしやすいからだ。ただし、単価の安さだけで選ぶと、あとで品質を問われる。確認したいのは、永続性(=何百年閉じ込められるか)、第三者による検証、事業者の資金余力の3点である。
1社に全量を頼らず、手法を分け、契約も数年に分けておけば、事業者が行き詰まった場合の影響を抑えられる。
AI投資を進める企業は排出の見通しを先に作る
データセンターや生成AIの活用を増やす企業は、電力使用の増加を、除去コストに換算して見ておきたい。たとえば将来の除去を1トン300ドルで見積もれば、3万トンの増加で約900万ドルの負担になる。
Microsoftの例は、AI投資と気候目標が同じ財布を取り合うことを示した。投資の稟議の段階で、増える排出量の扱いを書いておくと、後から目標と実態の食い違いに悩まずに済む。
供給側の事業者は売り先の分散を急ぐ
除去事業者や、取引する商社・金融機関は、大口顧客への依存度を点検したい。次の買い手候補は、自主的に除去を使う航空、海運、鉄鋼などの企業や、制度を見据えた国内需要である。日本企業にとっても、国内の排出量取引が動き出す前から接点を作っておくことが、差別化につながる。